2020年12月15日
オンラインでの授業がまた始まる。
一月になると大学共通テストが行われる。その対応もあって、大学では年明けの授業からしばらくはまたオンラインになった。
じぶんがオンラインで会議したり、参加したりすることには慣れてきて、比較的ゆるやかな心持で参加できることに良さを見出していた。
でも、グループワークをするにはちょっとやりづらいと感じている。
なんで、やりづらいと感じているのだろうか。主催者側の気持ちか?参加者側の気持ちか?
おそらくは主催者側の目線でやりづらいと感じているのだ。
主催者側に立つと、ワークの成果が気になる。みんなが参画できているのかも気になる。
例えばzoomのブレイクアウトルームでやると、主催者は中の様子がわからないから不安になる。
だから、成果を気にしない。みんなの参画も気にしない、という風にするのがいいんだろう。
ワークで成長できているか、いないかは、結局はそれぞれ本人次第。時間をどう使ったのかの影響がどこかの時点で被るのも、本人次第だからだ。
先生の立場は、結局、その子その子の評価をどうするかに頭を悩ませるから、テストであったり、レポートであったりするのだが、思い切った成績の付け方をすれば、点数とかはどうでもよくなる。
先生の立場からは、学生に得て欲しい情報や経験はあるが、それを得たのかどうか、そしてもっと言うなら、それが人生で役に立ったかどうかは、1ヶ月や半年の期間で判断できるものではなく、人生のどこかの場面に出会して始めてわかるのではないか、とさえ思う。
じぶんがオンラインで会議したり、参加したりすることには慣れてきて、比較的ゆるやかな心持で参加できることに良さを見出していた。
でも、グループワークをするにはちょっとやりづらいと感じている。
なんで、やりづらいと感じているのだろうか。主催者側の気持ちか?参加者側の気持ちか?
おそらくは主催者側の目線でやりづらいと感じているのだ。
主催者側に立つと、ワークの成果が気になる。みんなが参画できているのかも気になる。
例えばzoomのブレイクアウトルームでやると、主催者は中の様子がわからないから不安になる。
だから、成果を気にしない。みんなの参画も気にしない、という風にするのがいいんだろう。
ワークで成長できているか、いないかは、結局はそれぞれ本人次第。時間をどう使ったのかの影響がどこかの時点で被るのも、本人次第だからだ。
先生の立場は、結局、その子その子の評価をどうするかに頭を悩ませるから、テストであったり、レポートであったりするのだが、思い切った成績の付け方をすれば、点数とかはどうでもよくなる。
先生の立場からは、学生に得て欲しい情報や経験はあるが、それを得たのかどうか、そしてもっと言うなら、それが人生で役に立ったかどうかは、1ヶ月や半年の期間で判断できるものではなく、人生のどこかの場面に出会して始めてわかるのではないか、とさえ思う。
Posted byMasami_Sat21:28